現:No.003
著者:月夜見幾望


「あ〜、寒ぃ、寒ぃ……! 文学部室暖房点いてるかな〜」
「この時間帯なら誰かいるかもね。未だに先輩たち、隠れ蓑として使ってるし」
「桔梗だって人のこと言えないじゃないの。あんたもよく大量の補習プリント抱えて部室にこもってるじゃない。それも原稿の〆切り間際に。未来の部長がそんなんでいいの?」
「だから僕は部長に就く気はないってば。確かに二年は僕ら三人しかいないから無理ないかもしれないけど、絶対僕より青磁か茜が部長やったほうがいいと思うよ」
「俺はパスだな。部をまとめられる自信はないし、なにより予算会議の出席とか、めんどくさそうじゃん」
「定期的に生徒会に活動報告もしないといけないしね〜。あそこの連中とはほとんど交流がないから想像でしかないけど、なんか固そうってイメージあるし……うーん、私もできればパス」
「やれやれ……。ついこの間の文化祭を最後に先輩たちが引退したから後任を早く決めないといけないのに……まるでまとまりがないな、うちの部活は」
「だから桔梗がやればいいんだよ。仮にも文学部なんだから、この中で最も作品の評価を得ている奴が部長になるべきだろ」
「そう言う意味では、青磁は気楽でいいわよね〜。なんたって、パズル作ってるだけだもん」
「俺の記憶が正しければ、一番初めに『青磁は数学得意なんだし、数学パズル作ってみなよ。ほら、よく雑誌の付録に応募クイズみたいなのあるじゃない。文学作品だけだと部誌もつまんなくなっちゃうから、あんな感じで読者の息抜き用に、さ』と言って薦めてきたのは茜だったと思うがな」
「あ、あれ、そうだったっけ? 記憶に無いわ」
「記憶マスターのお前が忘れるはずないだろう。ミエミエの嘘をつくな」
「てへっ☆ でも、それだったら青磁のパズルだって人気あるじゃない」
「そうだよ。絶対僕の作品より、青磁のほうが受け良いって」
「悪いが、俺は部長より会計のほうが自分にぴったりだと思っているからな。茜が書記兼副部長、桔梗が部長やったほうがそれぞれの長所を生かせると思うぜ」
「まあ、確かにそうかもしれないけど……」

そんなグダグダなやり取りをしながら、購買から続く渡り廊下を歩く。
向かう先は、離れ校舎の一階にある僕たち文学部の部室だ。
この離れ校舎には、ほかにも視聴覚室、生物科学実験室、物理実験室、図工室、家庭科室、大教室などがあり、主に授業内での実践演習で使われる。
さらに、どの教室も空調設備が整っているため、今日みたいに寒い日にはここの空き教室で弁当を食べる生徒も多い。
僕たち三人も、暖房の恩恵を授かるべく、こうして部室に向かっているわけだ。

「ちぃーっす」
「こんにちはー……って、あれ桜(さくら)ちゃんだけ? 珍しいね。桜ちゃんがこんな昼間から部室にいるなんて」
「あ、先輩方こんにちは〜。いえ、ちょうどさっきのテスト中に新作のネタを思いついたので、忘れないうちに設定だけメモしておこうと思って」
「ああ、東雲(しののめ)さんは几帳面だからね〜。僕もそういう所は見習わないといけないな。実際、東雲さんが書記やってくれているから、いつも助かっているわけだし」
「いえ、そんな……メモするのは私の癖ですから、あまり気になさらないでください」

部室にいたのは、我らが文学部の“常識ある”大事な後輩───東雲桜(しののめ さくら)さんだった。何で『常識ある』の部分を強調したのかと言うと……うん、まあ話せば長くなるんだが、一言にまとめるなら、その他の部員がみんな非常識な人ばかりだからだ(青磁や茜は常識ある方だけど、彼らは知っての通り『人間止めましたシリーズ』に登録されてもおかしくないくらいの能力を持っているからなあ……)。
彼女は少し内気な所があるが、すごく几帳面で、予定事などは必ずポケットサイズのメモ帳に記すようにしている。そのため、文学部の書記的ポジションを任されることもしばしば。また、作品を書く際は何度も推敲を重ねるので、綺麗な文章を書くことでも定評がある。

「桜ちゃんはお昼もう食べた? 私たちはこれからなんだけど、良かったら一緒にどう?」
「あ、はい。ご一緒させてください。でも、その前に片づけないと……」

困った表情で部室を見回す東雲さん。

「……確かに、ここの散らかり具合は運動系の部活以上かもな。以前、野球部の部室にお邪魔させてもらったことがあるけど、あっちの方がまだ整理整頓されてたし」

青磁も半ば呆れたような声で言う。

「年末の大掃除が一大イベントになるくらいだからね……」

茜もため息を漏らす。

「まあ、こればかりはなあ……。それぞれが自分の物品管理をきちんとするくらいしか対策がないよね……」

最後は四人揃って盛大なため息。



さて、本当はあまり気が進まないんだけど、そういう訳にもいかないので、一応部室内部について紹介しよう。
まず扉を開けてすぐ目に飛び込んでくるのは、中央の長机を中心に展開された大量のお菓子やティーセット、ぬいぐるみ、漫画、ゲームの攻略本、将棋盤などなど。
どう考えても学業に不要なものばかりだが、これがいつの代から続いているのかは定かではない。
床の片隅には科学研究部から頂いた、ホウ酸団子が転がっている。これは、しばしばゴキ○リという地球外生命体との聖戦(ジハード)が繰り広げられるからであり、有用な武器がなかった頃はスリッパで撃退していたものだが、ホウ酸団子設置後は一度も姿を見せなくなった。
どうやら噂通り、あそこの部の部長さんの力は本物らしい。
唯一、文学部らしい所といえば、各々のノートパソコンと、壁際に高く積み上げられた部誌───『COSMOS』の存在だろう。
『COSMOS』は、春秋の学園祭と新歓用に、文学部が年三回発行しているもので、意味はコスモスの原義そのまま───つまり「秩序だっている」ということらしい。
しかし、実態はその意に反して、各々の妄想や独特の世界観をありったけ詰め込んだカオス(無秩序)な作品群の集合体と化しているため、売れ行きは芳しくない。
一時期は売れ残り過ぎて、通称『コスモタワー(COSMOS+TOWER)』と呼ばれるほど、うず高く積み上げられた黒歴史もあるほどだ。



部室の荒れ果てた様子については、いまの描写で大体理解できたと思う。
とにかくこんな状況では、いくら暖房がかかっていても、のんびり昼飯を食べるどころじゃない。
僕は、身近に転がっていたぬいぐるみから片付けることにした。
途端───

「それは拙者の所有物だ、キキョウ。勝手に移動されては困る」

耳元で鋭利な声が響いた。

「って、うわあああああ!! 紫苑(しおん)先輩!! いつから背後にいたんですか!? 驚かさないでくださいよ!」
「いや、なに、キキョウの驚く表情が見たくてな。なかなか新鮮だったぞ」
「単なる悪ふざけでも困ります。ってか、ほぼ毎回急に声をかけてくるじゃないですか」
「? そうだったか? しかし、この程度で驚くとはな。そんなのでは死角から斬られて、あっという間に戦死するぞ」
「いや、いつの時代の話をしているんですか」

振り返った先には、僕より15cmくらいは低いだろう、小柄な少女がいた。
身長に不釣り合いなくらい長い髪が、彼女の細い腰下あたりで揺れている。
元文学部副部長にして、帰国子女でもある彼女は、月草紫苑(つきくさ しおん)先輩。
生まれは日本だが、長い間海外で暮らしていたため、純日本人以上に日本文化や大和魂に興味を持つようになり、特に時代劇や忍者劇が大のお気に入りだと言う。その影響からか、今みたいに“くの一”のように音もなく忍び寄っては人を驚かすことが多い、困った先輩だ。自らを「拙者」と名乗ったり、他人の名前を呼ぶ時少し訛るのも、そう言った諸々の事情に起因している。

「キキョウは、日本男児としての魂が薄弱なようだな。セイジだったら、背後を取ることもままならない」
「あいつは直感鋭い方ですからね。それで、えっと紫苑先輩、見ての通り片付けの最中なんですが、何か用ですか?」
「うん? ああ、そうだった。拙者の新作が今朝方できたのでな。キキョウとセイジに読ませてやろうと思って持って来たのだ」
「新作……って。先輩、今月の学園祭を境に部活止めませんでしたっけ?」
「別にそこは大した問題ではなかろう。部活は止めたが、創作を止めるとまでは言ってないぞ。それに、折角書いてきてやったのに読んでくれないのか?」

普段、感情の起伏に乏しい先輩が、珍しくムッと怒った表情を作る。

「…………」

先輩が差し出した原稿を無言で受け取る。
あ〜、なんだ。言い訳じゃないけど、その……今の先輩はすごくかわいかった。
僕より年上なのは分かっているけど、割と子供っぽい所もあるというか……。なんだか妹と接しているような不思議な気分になることがある。
じーっと、こちらを向いている純粋な瞳が「早く読んでみてくれ」と語っていた。

「……という訳で青磁。一緒に先輩の作品を読もう」
「はあ? 俺も? もう昼休み半分しか残ってないし、放課後にしようぜ」
「逃げる、とは感心しないなセイジ。女の頼み事を無下にするのはよくないぞ」
「いえ、別に逃げる意味で言ったんじゃないんですけど、昼飯の最中だったんで……」
「セイジ……。お主は、“飯”と“女”のどっちが大事だ?」

先輩の眼光が、外の冷気よりなお鋭く光った。
冷たい殺気を纏った視線が容赦なく青磁に突き刺さる。

「……分かりました。読ませていただきます……」

気圧されて、さっきまでの勢いが完全に消失してしまった青磁。
さすが、紫苑先輩。茜でさえ手こずっていた、あの青磁を一睨みで黙らせるとは。
しぶしぶ席を立ち、牛乳パックに刺したストローを口にくわえたまま、こっちに移動してくる。
さて、どんな内容なんだろうか……。

一ページ目は問題なく読み進めたが、二ページ目をめくった途端、

「「ぶっ!!!」」

僕と青磁は同時に吹き出した。
特に青磁は口から飲んだ牛乳が鼻から逆流しそうになっている。

「げほ! げほ! あの、紫苑先輩。これ、明らかに18禁の領域ですよね!?」
「? “ジュウハチキン”とは何だ?」
「いや、だから、そのまま18歳未満お断りって意味ですけど……とにかく描写がアウトってことです!!」
「そうなのか? チグサが『それ、桔梗君と青磁君に読ませて上げたら、二人とも大喜びするわよ。ふふふ……』と言ってたから書いたのだが」
「あの人はぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
「くっ! 部長の策略だったのかっ! まんまと引っかかちまった!」
「なに、あいつら。文字だけで興奮できるなんてエロ心全開ね」
「いえ、茜先輩。私も以前少しだけ月草先輩の作品を読ませてもらったことがあるんですが……その…本当に刺激が強いと言うか……」

遠くから、東雲さんと茜の会話も聞こえてくるけど、いまはそれどころじゃない!
とにかく、心を落ち着けるために深呼吸が必要だ。
窓を開け、外の冷たい空気を二、三度吸う内に、ようやく高ぶった鼓動が落ち着いてきた。
さっきは言うのを忘れたが、紫苑先輩の恋愛感覚は日本人とは若干ずれていて、かなりディープで濃密な恋愛物語を平気で書く。
それはもう、『読んでるこっちが恥ずかしくなる』という領域を遥かに超え、果てしなく『ストライク、ド直球』の描写なのだ。当然、高校生が読んでいい代物ではない。
そして、こんなことを平気で薦めるのが、花浅葱千草(はなあさぎ ちぐさ)先輩───ついこの間まで、文学部の部長を務めていた人だ。

「どうだ。テストの合間のいい気分転換になったろ?」

紫苑先輩が笑顔で聞いてくるが、僕と青磁は「あはは……」と乾いた笑い声を上げることしかできなかった。
個人的には余計疲れが増したけど、それだけは口が裂けても言えない……。




───我が文学部は、いつも通り”平常運転中”。



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